太鼓のリズムは太鼓のリズムとして聴こえていたのですが、それ以外にフルート の音が聴こえてきたのです。 「まさか!?」「空耳?」いやいや、これが何とはっきりと聴こえているのです。 しかもそれが聴いたこともないような、とてつもなく美しいメロディなのです。し かし、それは砂漠の蜃気楼のようにメロディを追おうとするとゆらいで消え、はた と止まっていた手を動かしはじめると、また形を成すという。 これを不測の事態といわずに何と言うのでしょう? まさに「まさか」だったの です。 これが、また一度きりでないのです。別のリズムを叩いた時には男女のコーラス というかメロトロン(ボタンを押すとテープが再生される元祖サンプリングマシー ンともいうべき鍵盤楽器)のような音が聴こえてきたのです。さらに別のリズムで は、もっと透明感のあるなシンセサイザーのような音が。 癒しの響き。「癒し」がビジネスとして売り物になっている今、こうして文字に してしまうととても陳腐に見えますが、それ以外に言いようがない、妙なる響きな のです。 「癒し」とはどういうことなのでしょう? 今ビジネスとして切り売りされてい るような形態が正しい「癒し」の形なのでしょうか? 「癒し」の小説を書きたい と思い、「癒し」について考えていた紫龍にとっては、誤解なのかもしれません が、どうもビジネス化された「癒し」には、F1レースでピットインに一瞬入り迅 速にメンテナンスし、競争の場サーキットに戻っていく、そんなイメージを抱いて しまうのです。本来の癒しとはほど遠い気がしているのです。 「癒し」healingの動詞は「癒す」healですが、「heal」に「th」(名詞語尾) をつけると「健康」healthになります。語源は、ギリシャ語の「holos」で「全体」 という意味です。健康というのは、全体としてまとまった調和のある状態をさし、 そういう状態になることが「癒し」だと思うのです。「全体」つまり部分や瞬間的 なものではないはずだと。 そんな風に思っていた紫龍には、太鼓のリズムを縫うように聴こえてきた美しい 音・美しいメロディが、直感的に「癒しの音」だと感じられたのです。 ハンドドラム(TAR)の特徴としてこんな説明を受けました。「通常打楽器は長 い胴や付加機能を持つことで独特の音色を出します。胴を持たないハンドドラム (TAR)は倍音を限定されない」「ハンドドラム(TAR)は叩き方を変えることで倍 音をコントロールし…いろんな音色を出すことが可能です」と。 倍音? 実音は複数の音が重なり合ってできているという。それをひとまとめに倍音とい います。ある音の周波数が(2以上の)整数倍である音、それが倍音。身近な体験 では除夜の鐘、ゴーンという低い音と同時にコーンという高い音が同時に聞こえる ことがありますが、あれです! で、この倍音がさらに複数重なり合うとそこに自然なハーモニーが生まれ、ハー モニーがリズムで動くとメロディーに変わるという。 ハーモニー、リズム、メロディーが三位一体になっている「全体」の音、響き。 なるほど、「癒しの響き」と感じられたのももっともな事なのかもしれません。 初めてハンドドラムを持った人が体験できるのは希有な事だというが、そんな事 は知ったことではありません(笑)。とにもかくにも初めてのハンドドラムにおい て、いきなり衝撃的な音の体験をしてしまった紫龍はその音に文字通りハマってし まったのです。紫龍がハンドドラムを選んだのではない、ハンドドラムが紫龍を捕 まえに来た! 音に捕まってしまった! そんな印象とともに。 ところで、この不思議なメロディは、どうやら上記原因だけではないという。 続きは次回。
(8/11/2004)